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熊本地方裁判所 平成10年(ワ)946号 判決 1999年10月19日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

一  被告は、原告に対し、三三〇万円及びこれに対する平成一〇年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、熊本日日新聞に、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の掲載条件で一回掲載せよ。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告及び被告は、いすれも熊本県菊池市市議会議員である。

2  被告は、平成一〇年三月一一日菊池市議会の平成一〇年度第一回定例会の一般質問に際し、産業廃棄物処分場の拡張に関連した話として「菊池市の大物政治家さんとある市議さんが、農振除外を市に働きかけるから、不良債務化している地権者の土地の購入を再三にわたり勧められたこと。また騙されるのではないかなあと思いながらも、手形一〇〇〇万円を支払ったこと。菊池観光ホテルで夕方七時から一一時まで待たされた時のいきさつ、いがぐり園での緊迫したやりとりの話を聞いてまいりました。そのことは、その結末は、農振除外はできず、金は出さされ、勧めたご本人は反対同盟・議員連盟の旗振り役として増設拡張反対を市民に呼びかけておられるのです。これらの尋常では考えられない数々の事柄を聞いてきたわけでございます。私は片方の意見を一〇〇パーセント信ずるものではありません。しかし、真相を知るうえにおいては、大変役にたったと思うものであります」と発言した。

3  さらに、被告は、平成一〇年六月一〇日開催された菊池市議会の平成一〇年第二回定例会の一般質問に際し、産業廃棄物処分場の拡張問題に関連した話として、「そもそもこの拡張の難問題を背負い込んだのはどなたのおかげだろうと、どなたのおかげかと。私は先の三月定例議会におきまして、ある市議会議員がとして、そのことの真相を明らかにしたものでありますが、議会はその真実の究明をしていただけませんでした。そのために本日私は反対同盟事務局長、甲山太郎議員を名指しでそれに関わっていた事実をここに明らかにしなければなりません。裏をとっている以上、市民のためにその真相をここに明らかにする義務があると信ずるからであります。その真相の概略は、戊野牧場が競売にかけられ、その債務の連帯保証人の皆さんに何とか一〇〇〇万円を出してほしいと頼み込んで始まったことであります。それまでは戊野牧場の所有者戊野四郎氏は、直接九州産廃に買ってほしいと頼んでいたのも事実であります。しかし、九州産廃の丙谷氏は、農振のかぶった土地はいらんと言って断っておられたのであります。甲山議員が九州産廃が買うように仕掛け金を出させ農振除外もできずいるわけでございますが、当のご本人は産廃反対同盟の事務局長として反対運動の音頭をとるまさにマッチポンプの仕業であります。真面目な反対同盟の皆さんは、その真相を知ることもなく、踊らされているのであります。」と発言した。

4  右発言は、原告が背信行為を行っている旨不特定かつ多数人に対し摘示して、もって原告の名誉を毀損するもので、原告の損害は三〇〇万円を下回らない。

また、原告の被った損害を回復するために、請求の趣旨二記載の謝罪広告をする必要がある。

5  原告は、原告代理人らに本件訴訟を委任し、弁護士報酬規定に基づく着手金及び報酬の支払を約した。そのうち被告が負担すべき費用は三〇万円が相当である。

6  本件の被告の発言は、菊池市議会の先例により必要とされる質問事項の事前通告を行わず、一般質問に藉口して他の議員のことを一方的に述べたものであり、菊池市の地方公共団体の作用とは何ら関連もなく、公権力性もないから国家賠償法一条一項の適用はない。

仮に国家賠償法一条一項の適用があるとしても、被告の本件発言は、事前通告の規則を破り、事前通告事項と無関係な他の議員の名誉を毀損する事実について長々発言し、故意に職権濫用行為を行ったものであって、免責して円滑な執行を確保すべき公務とはいいがたく、被告は個人責任を負うべきである。すなわち、公務員が職務を執行するにつき行った故意過失について公務員の個人責任を否定する理由は、主として公務員を賠償請求から保護することにより円滑な公務執行を実現することにあると考えられるところ、本件のような故意による職権濫用の場合には保護するに値せず、個人責任を負わせるべきだからである。

7  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として三三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年七月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払並びに民法七二三条に基づき熊本日日新聞に、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の掲載条件で一回掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。同4のうち、被告の発言が名誉毀損であること、損害額及び謝罪広告の必要性は争う。少なくとも請求原因2の発言のみでは原告の名誉を何ら毀損していない。請求原因4のその余の主張事実は認める。同5は否認する。

2  6項は争う。菊池市は地方公共団体であり、被告は菊池市議会議員として議会内において発言したものであるところ、これは地方公共団体の立法作用の一環として行われたもので「公権力の行使」である。したがって、原告の請求原因によれば、「公務員」が「公権力の行使」において、不法行為(名誉毀損)を行った場合に当たるから、菊池市が国家賠償法一条一項の責任を負うことがあるとしても、被告は個人責任は負わないと解すべきである。

三  抗弁

1  公共の利害に関する事実、公益を図る目的

被告は、菊池市で当時広く論議されていた産業廃棄物処理場問題に関して、産業廃棄物処分場の増設・拡張に対する反対運動の中心であった原告が、産業廃棄物処分場予定地の所有者が右土地を廃棄物処理業者に売却するための仲介及び予定地の農業振興地域整備計画における農用地区域の指定変更(以下「農振除外」という。)のための根回しを行うという背信行為を行っていることを公表し、原告の不見識を市民に知らしめるため、公共の利害に関する事実を、公益を図る目的で発言したものである。

2  発言の真実性

本件の発言は、原告が、産業廃棄物処理業者に対し、廃棄物処理場予定地の農振除外を市に働きかけるからと言って予定地を買うように働きかけ、金を出させたことをその内容とするところ、これはいずれも真実である。

3  真実と信ずべき相当の理由

本件発言は、被告が、平成一〇年二月ころに産業廃棄物処分業者である九州産廃株式会社(以下「九州産廃」という。)の代表取締役丙谷二郎(以下「丙谷」という。)から、同年四月下旬ころに処分場予定地の所有者戊野四郎(以下「戊野」という。)から、それぞれ聴いた話をその根拠とするところ、仮に本件発言の内容が真実でなかったとしても、次のような両名の一致した話を真実と信じたものであって、信じたと信ずるについて相当の理由があった。

(一) 戊野は、処分場予定地において牧場を経営していたが、経営悪化のため借入金の返済に窮し、右土地に設定されていた抵当権に基づいて競売申立が行われようとし、借入金の連帯保証人一〇名に対する訴訟が提起されていた。

(二) 戊野は、連帯保証人に迷惑をかけないようにするために右土地の任意売却を丁田元代議士(以下「丁田」という。)に相談したところ、丁田から丙谷に買収依頼がされた。丁田は、丙谷に対し、右土地について「市長が農振除外や産廃設置に許可を出すよう話ができている。」と説明した上、「戊野の債権者である信用保証協会に対し一〇〇〇万円の手形を渡せば競売申立を待ってもらえるので、ぜひとも戊野に手形を振り出してほしい」と懇請した。

(三) 丙谷は、丁田の言葉を信じて平成六年一二月五日一〇〇〇万円の手形を戊野に振り出した。しかし、右土地はいっこうに農振除外となる気配がなかったため、丙谷は、丁田及び戊野に対し、手形の返還を求めた。

(四) 丙谷、丁田及び戊野らは、平成七年三月二一日菊池市内の飲食店「いがくり苑」で右手形の件について話し合いをした。出席者は、戊野、戊野の借入金の連帯保証人二、三名、丙谷、九州産廃のA常務、丁田及び原告であった。そして、その話し合いの経過は次のとおりであった。

丙谷は、右土地は農振除外がされなければ全く利用価値がないところ、丁田の最初の話と違って農振除外がいまだに行われないから、右土地買収の手付金代わりに戊野に振り出した一〇〇〇万円の手形を返還してもらいたいと要求した。これに対し、丁田が「農振除外が認められないのは、九州産廃が申請しているからであって、地権者が申請すれば間違いなく農振除外できるよう農業委員会と話ができている。」と言った上、原告に向かって「そうだろう、太郎ちゃん」と同意を求めたところ、原告はこれに応じて「そがんですたい」等と言って大きく頷いた。丙谷は、これを見聞きし、原告が産廃賛成派に取り込まれていると考え、戊野に農振除外の申請をさせ、手形の返還を直ちに求めないことを承知した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1および2は否認する。抗弁3の丙谷及び戊野が被告にした話は知らない。

原告は、平成七年三月二一日ころ「いがくり苑」で丁田、丙谷、戊野らと会ったことはあるが、何の用件か分からないまま丁田に呼び出されてその場にいて黙って座っていたに過ぎず、被告が丙谷らから聞いたという話のように丁田の話に頷いたり相づちをうったりしたことは一切ない。

原告は、平成六年一二月ころ、戊野の債務の連帯保証人らから、戊野が金に困って右土地を九州産廃に売ろうとしているのでどうにかできないか等と相談され、当時の助役に相談したところ、産廃拡張阻止のためには右土地を菊池市が買い上げる以外ないと言われたので、助役に協力して市長に事情説明をする等した。その結果、菊池市の例会で右土地の買収が了承された。このような次第であるから、原告が前記丁田の話に相づちなど打つはずがない。

原告は当時、九州産廃が一〇〇〇万円の手形戊野に振り出していたこと等はまったく知らなかった。

第三  当裁判所の判断

一  本件は、被告が、菊池市議会議員として、平成一〇年三月一一日開催の菊池市議会の平成一〇年第一回定例会及び同一〇年六月一〇日開催の菊池市議会の平成一〇年第二回定例会の各一般質問に際し、菊池市の産業廃棄物処分場の拡張問題に関連して、産業廃棄物処分場の増設・拡張に対する反対運動の中心である原告が、産業廃棄物処理業者に対し、農業振興地域整備計画における農用地区域指定がされていた産業廃棄物処分場予定地について、右指定変更(農振除外)のための根回しを行うと約束して該予定地の購入を勧めて仕掛け金を出させていた旨の発言をし、原告の名誉を毀損したとして、原告が、被告に対し、民法七〇九条、七一〇条、七二三条に基づき損害賠償と謝罪広告を求めている事案である。

二  原告主張の事実関係においては、本件発言は、菊池市議会議員である被告によって、市議会議員として職務を行うにされたものであることは明らかである。原告は、本件発言は、一般質問の名を借りて他の議員について発言するもので、菊池市の公共団体としての作用とは無関係であり「職務の執行につき」された「公権力の行使」とはいえない旨主張するが、原告主張の事実関係からも、本件発言は菊池市の産業廃棄物処分場増設・拡張問題と関連して述べられたものであることは明らかであり、「職務の執行につき」「公権力の行使」としてなされたものといえる。また、原告は、被告の発言は、菊池市議会の先例により必要とされる質問事項の事前通告を行わず、一般質問に藉口して事前通告とは無関係な事実を一方的に述べたものであり、菊池市の地方公共団体の作用とは何ら関連はない等と主張するが、仮に本件発言が事前通告のない事項についての発言であるとしても、事前通告制度は多岐にわたる一般質問において質問者に予め質問事項を開示させて議事の円滑を図る目的で設けられたものと考えられるところ、事前通告がない事項についての発言は、議事の進行停滞防止のため議長による制止の対象となることはあるとしても、右趣旨からすれば直ちに議員の職務外行為となるとは解されず、市議会議員の市議会での発言である以上、「職務の執行につき」「公権力の行使」としてなされたものといえる。

そうすると、仮に本件発言が被告の故意又は過失による違法な行為であったとしても、菊池市が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員である被告個人は、原告に対してその責任を負わないと解すべきである(最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集九巻七号一三六七頁参照)。

なお、原告は、被告の本件発言は、事前通告の規則を破り事前通告事項と無関係な他の議員の名誉を毀損する事実について長々発言し、故意に職権濫用行為を行ったものであって、公務員個人を免責して円滑な執行を保護すべき職務ではないから原告は個人責任を負う旨主張するが、右は独自の見解であり採用できない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当である。

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